空の鳥を見よ  投稿者 希望の風(掲載日2006年1月29日(日))

今日の礼拝ではマタイによる福音書5章25~34節が開かれました。
『空の鳥を見よ、野の百合を見よ』として人口に膾炙されてきた有名なくだりです。
イエス・キリストの愛がキラキラと光り、何度読んでも、何度聞いても、その度に、信仰の襟を正され、また励まされるところです。

説教をまとめますと、
だれもが日々捕われてしまう心配と思い煩いは度を超すと害になる。
そこから解放されるためには、今持っているものに満足する心が必要である。
自分の持っているものは突き詰めてみると全部神からいただいたものである。
感謝して、賢く管理していくべきである。

何年生きられるかではなく、なんのために生きるのかを考えたい。もちろん神の栄光のために生きるのである。
神の支配に委ねる信仰が求められる。神の価値観に徹底して堅く立つことである。

過去に捕らわれることなく、いたずらに明日を心配するのではなく、今日一日に集中していく。過去も現在も未来も神の支配の中にある。
神に見られ、知られているのだから、信頼していけばよい。
信仰はすべてを乗り越えていく力である。

説かれてみると、そうだ、そうだと全身でうなずけます。

2000年前、イエス・キリストがガリラヤ湖を見下ろす丘に立って、一日を生きることに精一杯の弱く貧しく悲しい群衆に向かって語りかけたメッセージが、今、自分向かって、すぐそばで語られたように響いてきます。
 
説教を聞きながら、説教を越えて、イエス・キリストが見えてきます。イエス・キリストの声が聞こえてきます。イエス・キリストの愛がやさしく激しく迫ってくるのです。
私のためにご自分のいのちを十字架のうえから差し出してくださった、いのちがけの、いのちを捨てての愛が、押しよせてくるのです。
圧倒されるような希望の風に包み込まれ、喜びが満ち満ちてきます。
  

2025年01月29日