この書の各所で、イエス・キリストは御自分について紹介している。それによってイエス・キリストが神の子であることがよく理解できる。
いくつかをピックアップしてみる。
6章35節
わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。
8章12節
わたしは、世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです。
10章9節
わたしは門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。
10章11節
わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。
11章25節
わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。
14章6節
わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
15章5節
わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。
人生の様々な戦いに傷つき疲れ果てたとき、イエス・キリストの『わたしは……です』という力強い宣言にどれほど助けられ励まされ、希望を与えられたことだろう。この世だけでなく、死後の世界まで保障してくださっている。永遠の愛に感謝するばかりである。
最後に聖書のまことの筆者である神様は、代筆者ともいえるヨハネに、この書の書かれた目的を明記させている。深い愛のみ心の発露である。心して受け取りたいものである。
20章31節
これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。