まことの礼拝とは   投稿者 希望の風(掲載日2006年4月30日(日))

4月は30日なのに日曜日が5回あり、第3日曜の16日にイースターもあって、教会はたいへん多忙な一月となりました。今日は礼拝後、教会総会が開かれました。

午前中はいつものとおり礼拝です。スイス人宣教師が今月の主題《礼拝》に沿って【毎日の礼拝】と題してメッセージなさいました。

まとめてみます。
礼拝は日曜日に教会へきてするだけのことではない。イエス・キリスト以前、旧約の時代は民族をあげて毎日毎日多大ないけにえを携えて礼拝をした。神は単にいけにえが欲しかったのではない。愛する民と交わり、いつもともにいることを願ったからである。

イエス・キリスト後の初代教会の時代、信者たちは日曜だけでなくできるだけ多く集まって飲食をともにしながら礼拝をささげた。現代の私たちはこれらの例から多くを学ぶ事ができる。毎日が礼拝であるということである。
イエス・キリストは『霊とまことを持って礼拝しなさい』とその根本姿勢を示された。

礼拝は形だけの問題ではない。そこに霊とまことがなければ神は喜ばれない。人はうわべを見るが神は心を見る、とあるように、イエス・キリストの十字架の贖いによって新生した人にふさわしく生活することである。それが毎日の礼拝である。

メッセージを聞きながらもう一つのみことばを思い出しました。
『あなたがたは食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい』

毎日の生活の中の取るに足りない小さな事が、神を喜ばす礼拝にもなれば、神を悲しませる罪にもなるのです。自分をごまかしたり、言訳をしたりしないで、心して、神さまの御前に真実を現して歩みたいと迫られました。

2025年04月30日