美しい人        寄稿者 ルピナス 

友人から送られてきた本を一気に読んだ。
末盛千枝子著「『私』を受け入れて生きる―父と母の娘」である。

末盛千枝子さんは出版社「すえもりブックス」を起こした方で、特に美智子上皇后と親しい人ということで有名な人だというくらいのことしか知らなかった。IBBY(国際児童図書評議会)で基調講演をされた美智子様のスピーチがあまりにも素晴らしく、それはのちに『橋をかける』という本になって多くの人の感動を呼んだ。お二人ともこの上なく優雅で気品あふれる方、という印象だった。

数年前、私の区の美術館で「「舟越保武展」という彫刻展があった。この方は長崎の二十六聖人の彫刻を制作した方で、その少し前に長崎でその彫刻を見てきた後だったので期待して見に行った。会場は大入り満員で、小さな美術館はあふれる人だった。なぜかというと、舟越氏の長女が末盛千枝子さんで、そんな関係で美智子様が時間外に訪れたからだった。そのうわさは瞬く間に広がり、多くの人、特に女性が次々と訪れたのだった。

もちろん美智子様はその時はいらっしゃらなかったが、同じものを鑑賞し、同じ空気に触れるという高揚感で会場は大変な熱気だった。 
著名な芸術家の父、教養溢れる環境、優れた児童書出版者としての経歴を見るとなんて幸福な人生かと想像するが、彼女は多くの苦しみをも知った人であることを知った。

最初の結婚はわずか12年、幼い子を育てながらの12年、二度目の結婚も後半は老いとの闘いだった。だが絵本作りに取り掛かるとたちまちその才能を開花させた。ボローニア国際児童図書展でグランプリを取り、やがて審査員になっていく。しかし障碍者を持つ長男との生活は今も続いている。熱心なカトリック信者である一家の支えはやはり信仰だ。

私たち日本人がだれも一つの契機として受け止めた3・11の大震災は、震源地近くの岩手県で遭遇した。すぐに彼女は今までの経験を活かし、「3・11絵本プロジェクトいわて」を立ち上げて子どもたちに絵本を送った。

「人は人に出会い、愛し、様々な体験をして、自分の時間が尽きるまで生きていく。」
こんな言葉が文中にあった。
この本には「美しい」という言葉がたくさん出ていた。美しい人、美しい芸術、美しい光景、頻繁に出てくる美しいという言葉。末盛千枝子さんこそ美しい人生を歩んでいる人ではないだろうか。

2021年10月16日