軽くなる財布   寄稿者   なぎさ

近ごろ私のお財布はぺったんこでしごく軽い。何やら物悲しい。お札も小銭もわずかなのだ。何のことはない、要するに金銭の授受はすべてカードがその代わりをするというわけである。なんあだと思われるだろうけど、こんなことにも世の変遷を思わずにはいられない。

私は現金主義者ではない。現金に固執してはいない。すでにもう長くカードを使ってきた。しかし、日常の買い物は現金にしてきた。例えばスーパーなどである。また、わざわざカーを使うほどでもない小さな買い物は現金だった。

ところがこのコロナ騒動になってから、やり取りするお金にすら感染源の恐れがあると言われ、自分の感覚としてもじかにお札に触れ、また、お釣りを財布にしまうのに抵抗を感じるようになった。気がつけば、どんな小さな買い物でも電子マネーが使える。そのほうが簡単でしかも清潔ではないか。初めはJRの乗降だけに利用したカードが今や町の薬屋さんでも八百屋さんでも使えるのだ。

日ごろ私のPCやスマホの世話をこまめにしてくれる孫娘の提案もあって、電子マネーのカードをスマホに入れてもらった。愛用のカードさえ要らなくなった。お財布も持たずにスマホひとつで買い物に行けるのだ。お店の計算機の上にスマホを乗せるだけですべてが済む。簡単で清潔で、スピーディでもある。しかし・・・しかし、何やら物足りない。買い物した実感がない。もしかして、バッグに入れた食材も本物かしらと妙な気分になる。こんなことに共感できる方がおられるでしょうか。

こうして私の財布からお札や小銭、カードまで消えて行った。かつて、あらゆるものを詰め込んでいた財布は薄っぺらで軽くなった。いっそ、この際、財布も変えようと思う。

もう当たり前らしいが銀行取引も本を読むのもすべてPCやタブレットやスマホで足りるようだ。これも慣れと言うものか。私はまだ手に触れるものが頼もしい。見えるものにこだわりすぎるのだろうか。紙は燃えてしまえば何も残らないと言われる。では電波はどうなのか、大きな障害が起きたら一度にすべて消えてしまう。どちらも危ういことに違いはない。それなら当座の利便性を選ぶほうが賢いのかもしれない。

近くの買い物に使うバックが妙に軽い。しかしスマホはずしっと重い。それにエコバックも忘れてはならない。電子マネーの残高も確認しておかねばならない。課題宿題が多いこと!。時代の挑戦を受けて立たねばならない。ボヤっとしてはいられない。これも人生の魅力だろうか。

2021年10月08日