コロナ禍の読書 短篇100篇 読破中   寄稿者  草枕

疫病コロナに振り回されて久しいが、三密を
避ける自粛生活の中で読書の時間が増えたこ
とは確かである。この半年、あまり馴染みの
なかった『辻邦生』と言う作家に出会って、
彼の小説世界にすっかり入り込んでいる。こ
んなに書いている人を素通りしてきたことに
恥じている。膨大な執筆量には唖然茫然以外
にないが、私にできることは手当たり次第に
読むことと悟った。そのことに情熱を、いや
、残り火を煽っている。辻氏は巨人中の巨人
だ。私の立ち位置からだと、辻氏がキリスト者でないことが唯一残念ではある。しかし辻氏の小説や理論にはいやみがない。私でも入り込める清涼感あり平和と愛を感ずる。彼は生きる意味の本質を経験と思考から見つけようとしたと私は思う。

下手な前置きはさておき、現在は『ある生涯の七つの場所』シリーズを読んでいる。ハードカバーでしかも箱入りである。重い頑丈な本が8冊ある。それを図書館から借りている。重いので一度に2冊がせいぜいである。辻氏はある時、100篇の短編を書くようにと勧められたそうだ。100である。100篇!100篇!100篇!である。それに挑戦したのだ。一冊に12作品が収められている。今6冊目であるが、100篇か
っきりになるのか最後の8冊目でわかるだろう。1篇の長さはざっと2万字、400字原稿用紙で50枚か。計算だけはしてみたのである。50枚の短篇が100!!5000枚である。ああ・・・。

短篇だから、一つ一つ完結している。それがとてもいい。しかし、作者には壮大な意図がある。そのからくりも面白い。クイズかパズルのようだ。初めはまったく無関係の作品が並んでいるが、そのうちに繋がり出すのだ。登場人物も見おぼえた人が出てくる。場所もである。日本かと思えばヨーロッパの各地が舞台になる。語り手の「私」が高所から作品列車をけん引している。手の込んだ作品集である。こんな作り方もあるのかと、感心するばかりである。

梅雨空とコロナ禍で鬱々とした日々であるが、熱いコーヒーをかたわらに、読書するのも一つのストレス解消法ではないか。展開する読書世界の非日常性がいかにも楽しい。

2021年07月09日