あれから一年   寄稿者 旅女 

日本でコロナの初感染者が発見されてからちょうど一年だという。あのとき、これは大変なことになると見通した専門家もおられるが、私などは上の空だった気がする。少なくとも今に至るまで連続するなんて思いも及ばなかった。

この一年、連日連夜、身を乗り出してニュースを見、聞き続けた。要請されるルールに従わねばと必死だった。そのためには今までの活動や習慣を変えねばならなかった。一生懸命努力し忍耐した。あの真夏の最中もマスクを離さなかった。よくぞできたと思う。

教会へも行けなくなった。教会はすべての活動をストップした。日曜の礼拝がリモートになった。自宅にいたままで配信される音声または映像で礼拝を続けた。これには大いに戸惑ったが苦肉の策としては案外よかった。今、多くの教会は対面礼拝とリモート礼拝の二つを取り入れている。それが定着し、以前より多くの教会員が参加している。教会員ではない家族や友人たちも参加していると、よく耳にする。コロナ禍の収穫と言える。

今、数え方は国によって異なるが日本は第3波の大波の真っ最中である。さらに増大するのかあるいは明日にでも減少に向かうのか、だれも予測がつかない。明日になってみなければわからない。その道の専門家でも総理大臣でも知事でもわからない。本当にわからないのだと思う。それなのに対策を立てねばならないのはお気の毒というほかはない。

しかし、苦慮のうちに再び発出された「緊急事態宣言」も早や一週間を過ぎるが著しい効果は見られないという。困ったことではないか。収束に向かわせるのは私たち一人一人の行動にかかっていると、行政のリーダーたちが深々と頭を下げて訴えている。なんとかならないものだろうか。「あれから二年」なんて続き物語があってはならない。

2021年01月20日