シルバーウイーク   寄稿者  銀鈴

19日の敬老の日、エリサベツ2世のお葬儀、そして秋分の日と、2つの三連休にはさまれて、今年のシルバーウイークは多彩である。そこに重ねるように地方の知人から宿泊の依頼があって、我が家はついに人を泊めることになった。コロナ禍騒動が始まって以来である。第7波が収まりつつあり、世の中も動き出している。知人はずっとため込んできた用事をしたかったようだ。その合間に、早朝の散歩から夜更けまで多くの時間を一緒に過ごせた。

最後の一泊を、知人は私に都内のホテルで一泊しようと提案してきた。敬老の意もあったようだ。私は一も二もなく小躍りする思いで同意した。場所は我が家からわずか30分ほどの距離であるが、すっかり旅気分になり、心が弾んだ。我ながら軽い人間だなあと笑ってしまったが。近いだけに大した準備も要らずいつものバッグひとつで久しぶりにJRに乗り込んだ。

日常のテリトリーではあるが、ホテルで宿泊とは一大非日常である。辺りの景観まで新鮮に見えてくる。心の作用とは不思議なものである。思いがけない敬老祝いには感謝しかない。

余談であるが、昨今「敬老祝い」の対象者はいったい何歳からなのかと、その線引が少なからず議論されている。今や65歳で「敬老祝い」はないであろう。70歳だろうか。私の町内会では今年から75歳以上と決めてささやかな菓子折りが配られた。「人生100年時代」との声も聞こえてくる。この先はどう決めるのか。

高齢とは、自分の努力で獲得する部分もあるだろうが、たいていの場合は命の創造者である神様からいただくものだろう。高齢になればなるほど、いのちをくださっている神様に感謝し、いたわってくれる家族やお世話になっている方々へ感謝するのが筋ではないだろうか。受けるばかりが高齢者の特権でないだろうと、そんなことも考えさせられている。

2022年09月24日