岩波ホール       寄稿者 ルピナス 

しばらく前に岩波ホールが閉鎖になるというニュースがあった。残念だ。
私が映画館に行きだしたのは中年以降である。子供のころは映画館などというところはほとんど縁がなかった。

岩波ホールに出会ったのは四十代ごろからか。他ではやっていないものに惹かれ、よく一人で行くようになった。あのレトロな雰囲気は、自立した大人の雰囲気があった。シニア割引といっても他の映画館より高かったと思うが、中年や高齢者がいっぱい来ていた。一人で来ている人が多いのも気に入った。
そのうえ岩波書店の「図書」がご自由にどうぞと置いてあったので、必ずもらって帰りの電車の中で読んでいた。置いてないときには8階の事務所まで取りに行ったものである。

少数民族、女性の生き方、ナチスの問題など、あの映画館で知ったことはいろいろある。女性監督の作品も多かった。
エミリー・デッキンスンを知ったのもこの映画館である。「静かなる情熱 エミリー・デッキンスン」はとてもよかった。彼女を知らなかった私はすぐに図書館に行って文学全集から本を探した。詩そのものはよくはわからなかったが、その生き方に感じるものがあった。
彼女は人と接することを一切拒み、ただ弟妹とだけ接していた。しかしほとばしる思いは会話ではなく詩となって紡がれていった。

バーバラ・クーニーという静謐な絵を描く絵本作家がいる。彼女の作品に『エミリー』という絵本がある。エミリー・デッキンスンのことを書いた絵本だが、それによると、エミリーは人とは交わらないが自然や子どもには心開いていたとあった。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
エミリーの死後、おびただしい詩が家族によって世に出ることになり、アメリカ中がたたえたという。
そんな出会いを与えてくれた岩波ホールが閉館、寂しい限りだ。またどこかお気に入りを探そう。

2022年01月19日