加齢と本のサイズ  寄稿者  旅女

かつては大きなサイズのがっしりとして、さらに外箱のついた立派な本がよく出回ったのものだ。学生時代は本が買えなくてもっぱら図書館に頼った。今に経済力が出来たら好きな本を買うのだと、それが社会人になるひとつの夢だった。

最初のお給料で買い始めたのはちょうど発売の始まった「世界の歴史」シリーズであった。忘れられない思い出である。以後「○○全集」が出るたびに一冊ずつ購入していった。その時のわくわく感、幸せ感は今も鮮明である。

ある時、これ以上本を増やしてはならないと決めた。新しい場所を用意するまでもない。収まるだけでよいと。本を買うことも少なくなった。そのかわり、また若き日のように図書館通いが始まった。区立の立派な図書館もできた。ネットで申し込みができる。リクエストもできる。手にするには出かけなければならないが。ふと、本の配達があったらいいのにと思ったが。

しかし出かけて行くのもよい。歩ける間は。今では「図書館への道」は私の散歩コースの無くてならぬ一つである。欲を言えば、館内に喫茶室でもあって、ゆっくりと読書できるといいのだが、今のところ実現していない。

借りた本の重さが気になってきた。ハードカバーの出来るだけきれいな本を借りたいのだが、それを提げて散歩はできない。いろいろ試行錯誤するうちに、ついに文庫本にした。出版社も考えたのか、あらゆるものが装丁もすてきな文庫本になっている。私がメモを見せると、図書館のスタッフはていねいに検索して探し出してくださる。ないものは予約してくる。メールが来ると出かけていく。「図書館への道」は活況である。

ついでながら、重くて大きな立派な本を取り出したり開いたり閉じたりする体力もなくなってきている。文庫本は今の私の状況には最適なのだ。かつて私の胸をときめかした「○○全集」たちは書棚の上の方で退屈そうに鎮座している。申し訳ないけど古き恋人たちとは早晩お別れしなくてはなるまい。元気なうちに断捨離決行が必要である。

人は変わる。人の気は変わる。今は文庫本が新しい恋人たちだ。浮気な私をゆるして・・・。
梅雨空の表情を窺いながら、薄い文庫本をバックに忍ばせて散歩に出る。ひと気のないベンチを見つけて、一休みしながら、本を取り出す。現実の世界と本の世界が入り混じって「私の世界」が広がっていく。「旅女」はいそいそと第三の世界に入っていく。老女の妄想と笑うなかれ!

2022年06月21日