必要なことはひとつだけ  寄稿者  なぎさ

国内のコロナ感染者数が13日月曜日の報告によれば、5カ月ぶりで1000人を切ったそうだ。ホッと胸をなでおろす。連日の減少はうれしいが、反比例して人の出が多くなり、一抹の不安がよぎる。私の身辺も何やかやと外へ向かわせる風が吹いてきて、ついつい乗ってしまう。ワクチン3回しているし、感染対策はきっちり守っているし・・・などと、言い訳しつつであるが。

この2年間あまり、固く閉じてきた公の集会などが開かれてくるのはうれしいし大事なことだ。教会もオンライン礼拝などと、妙なスタイルが採用されて、もはや当たり前になってきているが、功罪が問われるところだ。我が教会は少し前からリアルになった。3部制を採り分散しているが、教友とじかに言葉をかけあえるのは何よりうれしい。メールもlineも電話もあるが、どんなに言葉を尽くしても、物足りない。マスク越しでも、目と目を合わせるに勝るものはない。

無理やり閉じてきた扉を開けるのはよいが、気のゆるみからうっかりするとよけいな扉まで開けてしまうきらいがある。ふと、用心しなければと思わされた。コロナで身に着けた良い生活スタイルを忘れてはならない。私はコロナ戦争以来「Slow Simple Silent」の「3S」を心掛けてきて、大いに気に入っている。今まで知らなかった、また気が付かなかった大事なものを知り、見、味わっている。「3S」の世界は豊かで深く高く広いのだ。忘れてはならない、冒されてはならない、奪われてはならい。それを守るのも失うのも私次第なのだ。

「モモ」ではないが、時間泥棒が活動し始めている。なんとなく時間が足りない。盗まれているのかもしれない。「3S」が欠けてきたのかもしれない。イエス様の言葉が響いてくる、必要なことはひとつだけですと。

『マルタ、マルタ、
あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。
しかし、必要なことはひとつだけです。マリヤはその良い方を選びました』
ルカ10章41―42節

2022年06月14日