友の老い支度  寄稿者  なぎさ

中年のド真ん中でスタートした学び舎で親しくなったTさんとは、今日まで20年以上続く人生の親友である。都下の小さな教会の忠実な信徒でもある。新会堂を建設するにあたって、物件探しから始まって、幾多の困難を乗り越え、新築した教会堂で礼拝を捧げるまでのエピソードを折に触れてこまごまと聞いてきた。手柄話ではない。Tさんは私がもっとも尊敬するキリスト者の鏡のような人だ。どこを尊敬するかと言えば、神様と人への一貫して変わらない謙虚で誠実なところだ。立場が悪くなっても不利になっても、口調に激しいものは出てこない。単純で素朴、まっすぐに主を信頼している。

学び舎に朝の祈祷会が始まって以来、その日に自分の授業がなくても祈祷会に通ってこられた。私もTさんに見習って参加した。朝の30分ほどの祈祷会に、Tさんは往復2時間、私は1時間余りを使った。何年続いただろうか、学び舎の都合でクローズするまで励んだ。忘れがたい光に満ちた思い出である。ときどき肩を並べてマックのコーヒーを啜ったのを思い出す。

14年前のことである、Tさんの伴侶が大きな事故に遭った。一命はとりとめたものの何度も危険な手術を繰り返し、最終的には車いす生活になった。Tさんは毎週教会へ連れて行った。Tさんは長い間伴侶の方の救いのためにじっと祈ってこられたのだ。毎週、一緒に礼拝に行けると喜んでおられた。何年かして、伴侶の方が信仰告白に導かれ、ついにある年のクリスマスに洗礼を受けた。Tさんの喜びは大きかった。またしばらく年が過ぎて、伴侶者はだんだん弱くなり、Tさんの24時間在宅介護も限界にきて、施設に入居した。

Tさんは多少自由な時間が持てるようになった。私はもう一人の親友といっしょにTさんと待ち合わせ、近況を伺いながら、Tさんの好きなパスタでランチを楽しんだ。Tさんは毎日欠かさず施設を訪れ、枕辺で聖書を読み、祈りをささげた。判で押したように続けた。次第に伴侶者は弱くなり、会話もできず、半ば眠っているような状態に進んだ。それでもTさんは訪問を欠かさなかった。

入退院がくり返され、昨年末、伴侶の方は天に帰っていった。瀕死の事故に遭ってから実に14年が経った。コロナ禍が始まり、Tさんと会ことはできなくなったが、メールや電話で安否を問い続けている。

昨今、Tさんが急に体力をなくした。タクシーを使っても礼拝に行くことさえ困難になった。Tさんは終の棲家を探し始めている。日々礼拝の出来るキリスト教系の施設が願いである。Tさんが入居するころにはコロナ禍も収まって、リアルに訪問できる日が来るだろう。私はその日を強い思いで心待ちにしている。忍耐の限りを尽くして走り通すTさんの上にイエス様の恵みがあふれているのを、この目で拝見し、主をほめたたえたいのである。

2022年02月09日