川辺に花木を・美しい郷をめざして    寄稿者 野のすみれ

8月13日、午前5時過ぎにKさんが車で迎えに来て下さる。10分ほどで石川川縁(いしかわかわべり)に着いた。既に80歳のM氏が草刈り機で作業を始めていた。私達三人は「済みませ~ん」と言いながらKさんがガードレールを乗り越えて、大きな熊手で道路の方に草を寄せた。その草を受け取るようにTさんが熊手でかき集めて、両手で抱えて反対側の道路の端に捨てる。その時こぼれて道路に落ちた草を私は小さな熊手でかき集めて捨てる。たいして役に立たぬ作業だが「長谷川さんは腕を骨折したんだから、無理をしては駄目よ」と優しい言葉を何回もかけて下さり、甘えることにしたのだ「暑い、暑い」と汗をぬぐいながらも黙々と作業を続ける。時折鳴く小鳥の声が慰めとなった。犬と散歩する人々やランニングする方の中に「御苦労さん」と言って下さるとホッとした気分になる。

桶川西方面に城山公園がある。その公園より上流川田谷竹ノ内までの石川川縁に「楽郷(らくさと)の会」の人達によって、昨年桜・サルスベリなどを約1キロに亘って植樹した。

地域の方々が植栽してきた「桶川市川田谷あじさいロード」の管理を「楽郷の会」が引き継いで、多くの方々が集える「花木の郷」 を創ることを目的に、月一回の例会と作業活動をしている。圏央道・上尾バイパスが交差し、他県の方々が集まりやすい場所でもあるので、年間を通して「花を楽しめる郷を創ろう」と希望に燃えている。

地域の生産活勢を促す「生産・直売方法」の構想(すでに若者たちが無農薬の野菜を作り始めている)そして、農家の軒先から販売所や家庭への「運び屋グループ」を組織化する構想、も考えられている。

私がなぜこの会に参加したかというと「桶川楽郷の会」の代表であるC氏が三年前、市の社会福祉協議会主催の「傾聴ボランティア・カウンセラー」の学びの仲間であったからである。 初級、中級と学びを進めていくうちに、講師も驚く程、私たちは優秀な生徒(?)であったようだ(授業終了日に講師よりそのような言葉を頂き、上級クラスに教えることまで話したと言われたのである)。

「このまま別れるのでなく、月一回集まって話し合い学び合いましょう」 と誰からともなく話がまとまり、13名の小さな会「もえぎ会」が誕生したのである。それぞれボランティア活動をやっているので、無理をしないで自然の流れに添って「もえぎ会のなすべき道を求めていこう」 と言う考えで、今日まで月1回会の例会の中で互いの近況・活動の報告をし、知識を共有しあう(互いに知り得たことを伝える)桶川の歴史を学び、昔特攻隊が生活していた寄宿舎(川田谷に存在)の見学など知らないことを知る喜びを味わっている。

傾聴ボランティアの基本である「頷き・あいづち・繰り返し・要約・質問・ 姿勢・沈黙」がもえぎの会でも生きている。互に傾聴し合う中で、新たな力を得て、それぞれがボランティア(主に老人ホーム)に出向いているのである。

当初この会の中心はC氏であったが、すぐに皆でこの会を盛り立てていこうという姿勢へと代わり、各々持てる能力に応じて自然と役割が出来てきた。私がクリスチャンであることや教会行事への誘いなど、自由に話せる雰囲気があり、素晴らしい、仲間たちである。
C氏と会計を担当しているM氏が地域の人々と共に「楽郷の会」を発足させた。それに「もえぎの会」のメンバーも植樹にそれぞれが寄付と植栽や草刈り作業に協力することになったのである。 骨折して入院していた私は、今回初めての草刈り作業に参加したというわけだ。カリフォルニアから帰って来たのが3日、9日から11日まで軽井沢で行われた埼玉地区修養会の委員として参加、その間リハビリのための病院通いや文章活動など休息、する暇もない日々の中、約2時間半の作業ではあったが手術した右腕の痛みは伴いながらも、健康に恵まれたことは、神さまのお守りがあってのこと、心から感謝している。

会では地域生活改善モデルの理念とビジョンの検討の中に、沢山のモデルケースの項目をかかげている。その中の一つ「子育支援」がある。私は将来ここに集まった市民、特に子育て時期の父兄の悩みの傾聴、をやっていければ…と思っている。どうぞ一度、石川川の周辺を散策して見て下さい。澄んだ空気ときれいに咲いた花々と、小鳥たちのハーモニーに歓迎されるであろう。

2022年02月05日