会津若松の火炎

**日本初の『小公子』翻訳者

**若松賤子の生涯を追って


*******A5版・90ページ
*******定価600円

*******三浦喜代子著 












<著者の一言>

明治前半の時代に、日本で初めて『小公子』を翻訳した若松賤子の生涯を『会津若松の火炎』としてまとめました。
前作の、日本初の女医第一号荻野吟子の生涯『利根川の風』に続くものです。
彼女たちは日本のプロテスタント史上では地味な脇役ですが、生涯をかけた偉業とその熱い信仰は決して見逃すことはできません。貧筆ながら、その生涯を追いかけてみました。

<著者のはじめにより>

★会津若松市宮町の生家跡に建立された文学碑には、『私の生涯は神の恵みを/最後まで心にとどめた/ということより外に/語るなにものもない/若松賤子』と、刻まれています。
★賤子は維新の4年前、1864年に会津藩士の子として生まれ、1896年に肺結核のためにわずか32歳の誕生日を前に、3人の子を残して世を去っていきます。
★賤子は戊辰戦争、会津戦争の火炎をくぐり、神の不思議な導きで、横浜に貰われ、日本初の女性宣教師キダーさんの学校に通うようになります。この学校はのちのフェリス女学院です。
★13歳の時、これも日本初のプロテスタント教会、横浜海岸教会で洗礼を受けています。




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