まことの故郷


****************************富岡国広


  **「故郷は遠くにありて思うもの そして悲しくうたうもの」とは、室生犀星の詩の冒頭の句だが、それは私の20代の頃の思いを 代弁しているかのようである。

**私は千葉県の草深い土地で生まれ育った。5人兄弟の末っ子である。まず初めに登校拒否があった。そして内向的な性格のために友達ができず、外で遊ぶのが大の苦手だった。

**冬の霜の季節には、日中は道が霜どけのために自転車だけではなく、歩く人も歩行ができない程にぬかるんでしまう。

**また土地が砂地のため、春一番の吹く頃、まい上がった砂によって空が赤くなる。

**それを誰言うとはなく、「赤い風が吹く」と呼ぶ。この時期は、家の中はどこでも砂でざらざらになるので、後の掃除が大変である。

**そうした負の面が多々あってか、どうしても故郷が好きになれなかった。

**ただ、己の弱さを克服するため20歳を過ぎた時に一人旅を決行し、九州の地で住み暮らした一時期には、「遠くにありて思うもの」との感傷的な気分から、 故郷になつかしさを覚えたことを思い出す。

**その思いにひたっている時だけは、心に受けた傷を忘れている。なぜなら、自分のことを受けいれてくれた、本当に数少ない2、3人が心を満たしていてくれたからだ。

**しかし、ひとたび小・中学時代に同年の者からこづき回されたりおどされたりしたみじめな過去が脳裏によみがえると、故郷がより呪わしく思われるのであった。

**そのような経験をした人は、全体からすれば少なくないのではないだろうか。

**そして、何よりも人との関係において多くのひずみを生むことは、社会生活が基本となることから避けることのできない現実とも言える。

**とは言うものの、いつでも行き場をなくした時にすがるのが、その嫌いだとする故郷なのであった。そこに、私自身の身勝手さがあることを、ずっと後になって 知らされたのだ。身勝手さとは、人との関係を根本から破壊してしまう恐るべき罪そのものである。

**ところで、聖書に「地上では旅人であり寄留者であることを告白していた。」とある。

**だが、やはり人は他人との関係を絶っては成り立たないという現実がある。

**そうしたことから察すれば、多くの人は、ものを介してのつき合いではなく、心と心のつながりをこそ求めているのではないか。

**心根では、そのことに飢えかわいているのではないか。心の通じ合える、真の友を訪ね求める人生の旅をしているのではないか。

**私は、それを長い間捜し続けて、うみ疲れていた。そして、不思議な導きにより神さまとの出会いがあり、聖書で真の友と呼ばれるお方を知った。そのお方こそ、イエス・キリストである。いまや、そのお方のいます「天の国」が、まことの私の故郷であり、望みそのものとなった。  

 









****************************槇 尚子


**故郷をもっている人は幸いである。人生に何が起ころうと帰っていけるところがあるのだから、ということがよく言われる。 **子供が小さかった時、お盆や正月が近付くと、

「ママ、デパートで田舎を買ってきて」

と言われた。幼稚園の友達は夏休みになるといなかへのお泊りの話で持ちきりだった。しかし夫婦とも東京育ちの私どもは遠くのお泊りは観光地しかなかった。

**今年の年賀状に教員をしている若い友人から「学校は私の故郷と思ってもらえるような教師になりたい」と書いてきた。

**現役時代、この学校はファミリーです、あなたがたの故郷です、とよくみんなで言っていた。幼いころ受けたものが生涯にわたって土台となるようにと願ってのことだった。 そう祈って卒業生を送り出していた。何かあったらここにいらっしゃい、ここにあなたの居場所はあるからとのメッセージだった。

**私は教会の中で育ってきた。両親の影響は大きいが、教会にはたくさんの大人がいた。あのような人になりたいとお手本にした人がいた。家族が与えてくれるものとは 異なったものを与えてくれた人もいた。お手本は年齢とともに変化した。

**近くの小学校に勤務していた頃、時々帰りに寝たきりのおばあさんのところに寄っていた。彼女Aさんは婦人会長として華々しい活躍をした人だったが、 脳梗塞で倒れ、その後20年ベットの人となった。昼間は家族が仕事でいないのでA さんは右手だけで全てのことをしていた。枕元には電話と鏡、外から人が来ても 入れるように縁側の窓は空いていた。

「わたし忙しくて。毎日やる事を神様が用意して下さるの」
訪問するといつも元気いっぱいの笑顔で迎えてくれた。

**教会員の誕生日にカードを書くことを自分の奉仕と決め、何時間もかかってあて名を書いていた。不自由な手で貼るから切手は曲がっていることが多かったが、 私達はカードが来るのを楽しみに待っていた。

**誰が見ても大変そうなのに、この明るさはどこから来るのか。一人で祈る時は涙を流すこともあろうが、私にはいつも朗らかに声をかけてくれた。 疲れたでしょうといたわられると、どちらがお見舞いしているのか分からなかった。私もこのように平安のうちに老後を過ごしたいと思った。

**教会、そこには十字架がある、礼拝に預かれる、同信の友がいる。慣れ親しんだ聖書と讃美歌がある。共に教会生活を送った人の思い出は懐かしい。歳を重ね、教会生活こそが生きがいだという世代に私も入ってきた。教会には気が合う人もそうでない人もいる。そんなことは構わない。みんな神さまの子供だ。教会は神の家族である。私に何かあっても帰っていけるところである。



   
















     
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